2014/09/13

■コラム■「混沌の時代のニューノーマル」雑感

2008年秋のリーマンショック以降、先進国や新興国はそれまでとは異なる経済の回路に入ったように思われる。金融界の混乱の影響で世界経済の土台が揺らぎ、未曾有とも言われる経済不況に突入してから既に6年近くになる。

この間、われわれが所与の前提と考えてきたさまざまな概念が現実世界からのチャレンジを受け続けている。例えば、経済学の分野では経済人もしくはホモ・エコノミクックス、法学の分野では、市民社会や市民、そして政治学の分野では人権や政府、そして国際の正義。混沌の時代とはよく言ったものだ。

政治的な空間は痛苦の劣化を経験し、人びとは押しなべて政府という存在を信頼の対象としては考えなくなってきた。特に、「9・11」以降、無理を武力で押し通し、さまざまな形で軍事介入を繰り返す米国は国家という神秘のヴェールを脱ぎ捨ててしまった感がある。米国は「介入する側」として自己を確立してきたかのように見えるが、彼らの介入を正当化する論理はいまだ見当たらないと思う。人権や正義という抽象概念を持ち出しても、今では誰もこうした概念を信じない。中国の政治的な空間は論外であり、中国人ですら自国に嫌気がさしている人は数えきれないだろう。

市場の中で成長の実現を図ることを使命とする企業は、「市場」「企業倫理」などの概念や理念をもとに、企業を取り巻く社会や市場のニーズに企業が持つイノベーション能力や財務能力で応えることで自らも成長できる稀な社会的存在である。もちろん、企業成長や企業経営の経路は一つではなく、さまざまな道筋があることは言うまでもない。企業は国境を越える存在であり、混沌の時代はむしろ企業にとって成長のチャンスと捉えたほうが良いのかもしれない。

筆者は、「市場」を見据え、倫理とガバナンスを備えた企業が創りあげるグローバルな空間の可能性をまだ信じている。政治的国家が相対化され続ける中でゲゼルシャフトとしての企業の国際社会を見据えた経営行動の組み立てに一筋の明かりを見出したいと考えるものである。

140830 浦上アジア経営研修所/代表 浦上 清

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