2015/11/10

人物紹介(1)パナソニック台湾電脳公司社長、中山氏 世界最強のパソコン工場を目指して

世界で最も親日的といわれ、ビジネスや文化交流で日本と切り離せない存在である台湾。現地の第一線で活躍する人物から話を聞き、ビジネスや生活上のヒントを探る。第一回はパナソニックの台湾電脳公司社長、中山雅之氏。

 過酷な環境でも故障しにくい堅牢パソコンで、2014年まで13年連続で世界シェアトップとなったパナソニックの「タフブック」シリーズ。1メートル以上の高さから硬い床に落としても故障せず、砂漠や湿地帯での使用にも耐える。銀色を基調に黒いプロテクターをまとった外観は、米軍やニューヨーク市警察の公式装備として映画で目にすることも多い。欧米向けの生産のうち相当部分は台北市に隣接する新北市の台湾電脳公司が手がけており、中山氏は同社で社長に当たる総経理を務める。本格的に赴任して約10年。最強のパソコン作りを支える品質管理体制を築く道のりは平坦ではなかった。

 「神戸工場が築き上げてきたタフブックの信頼が、台湾工場の製品のせいで殺されてしまう」。中山氏の台湾赴任を後押ししたのは、2006年に海外販社から日本に寄せられた強烈なクレームだった。1989年に新卒で入社し、主に同社のパソコン生産を担う神戸工場に勤務。96年からは品質面で課題を抱えた台湾工場のサポートも担ってきた。タフブックに求められる品質と信頼性は一般向けの比ではない。「この工場で生産する明確な理由を持てなければ、工場自体の存続すら危うい状況だった」と振り返る。それまでも度々出張で訪れてはいたが、「付き合いは結局表面的だったと感じる。実際に赴任して社員旅行などを経験して仲間になった。その仲間の職場をどうすれば残せるか、徹底的に考えて実践した」という。

 最も力を入れたのは不良の原因の洗い出しだ。当初は不良が発生しても修理や部品交換で済ませて理由がうやむやになったり、部品メーカー任せにしたりするケースもあり、不良が継続して発生する要因になっていた。そのため不良が起きれば一件一件、部品メーカーも含めて関係各所を巻き込んで徹底的に要因を突き詰めた。月に一度の品質報告会は議論が紛糾して7~8時間に及ぶこともあった。「神戸工場は世界一厳しい品質管理を掲げており、それに追いつき、追い越すことが目標だった」と話す。

 生産ラインを実際に見せてもらうと、至る所に最新の検査機器と検査専門の人員が待ち構えており、どこで不良が見つかっても即座に原因を捕捉して対応できる体制になっている。改革は徹底的だったが故に社内外への負担も大きくなったが、当初非常に高かった不良の発生率は年々低下。現在は神戸工場とほぼ拮抗するまでになった。信頼性の向上と平行してラインも増設。製品の幅も広がり、現在ではタフブックだけでなくタブレット型のタフパッドなどフルラインを手がける。安価な中国製品に押され国内メーカーのパソコン事業は軒並み苦戦しているが、工場の売上高はタフパッドを中心に伸び続けている。「小さな池の大きな魚になれ」とはパナソニック社内でよく聞かれる言葉だが、厳格な品質管理で着実に顧客をつかむ台湾工場は、戦略を体現する存在に生まれ変わったといえるだろう。

 中山氏は「同じことを中国でやれと言われたら自信はない」と話す。台湾の人材はパソコンなど精密機器に精通している場合が多く、向上心やモラルも高い。「台湾と日本は最強のタッグになれる」と中山氏は語る。勤勉でいて、明るくオープンな台湾人の気質は日本人との相性が良いからだ。工程の遅れを検知して注意喚起する既存のシステムを、遅れの理由まで分析して生産性を高める仕組みに改善したのも現地人材のチームだった。

足元では景気減速が目立っているものの、基本的な事業環境も良い。人件費は中国と比べれば高いが日本よりは圧倒的に低い。通貨も円よりはるかに安定している。中国の人件費高騰や景気減速でアジア圏のビジネスの再構築を迫られている企業も多いだろう。実際に中山氏は「中国に出て行った台湾企業が戻ってくる動きもある」と指摘。生産基地としての台湾が再び脚光を浴びる可能性もある。

 中山氏は今後、台湾電脳公司として始めての製品開発に挑戦したいと考えている。堅牢パソコンの開発は難易度が高い。これまでは手を出さずに生産に特化してきたが、今年度から参画に向け準備を始めたという。日台のコラボレーションの新たな可能性が開けるのか、これからが正念場だ。

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