2016/01/15

人物紹介(5)日台交流、観光が担う使命と情熱 JTB台湾社長、林田氏

2015年、JTB台湾が提供する旅行メニューに一風変わったプログラムが加わった。「JTB台湾社長セミナー」は、同社で経営トップに当たる董事長を務める林田充氏が、台湾の歴史から親日感情の背景などを解き明かす講演だ。「観光を通じ、大好きな台湾と日本の交流をもっと深めたい。これは私の使命です」と語る。

 2014年2月にJTB静岡支店長から現職に転じた。それまで台湾とはあまり縁がなかったが、ちょうど着任後に公開された一本の台湾映画を観たのを機に深くのめりこむことになる。映画は甲子園全国中等学校野球大会に初出場し、準優勝した台湾の嘉義農林学校の活躍を描いた「KANO(かのう)」だ。実際に台湾に赴任して各地を回り、生真面目で優しい人々、日本との歴史的・文化的な結びつきを知るに連れ現地に魅せられていった。

 日本では学校の世界史や現代史などで台湾が大きく取り上げられることは少ない。基本的に国交がないこともあるが、地理的にこれだけ近く、しかも日本に特別な関係を持つ国について「日本人(自分)はあまりに知らなさ過ぎる」と感じた。だからこそ、台湾の歴史を知ることは日本人にとって大きな喜びになりうるし、台湾観光の重要なコンテンツにもなると確信した。

 もちろん歴史は扱いが難しいテーマだ。過去の統治は一般的には植民地支配と評され、負の側面も多い。だからこそ読書で得た知識だけでなく、自ら台湾各地を訪れ人々から直接話を聞くことを重視している。セミナーでは偏見や思い込みに陥らないよう、細心の注意を払う。統治時代のインフラ整備や教育など日本の台湾社会への貢献を語る一方で、日台双方に多数の死者が出た山岳先住民族による抗日暴動事件、霧社事件など悲惨な事件にも言及する。

 台湾の若者は日本のアニメや漫画が浸透しており、親日感情は強い。英語に次ぐ外国語として日本語を学ぶ人も多い。ただ林田氏は「アニメや漫画だけで日本への特別な感情や絆を維持できるだろうか」と将来に不安も感じている。東日本大震災では台湾から被災地に約230億円の義損金が送られ話題になったが、日本の統治時代を知る年配層(日本人として青春時代を送った年代)が相当部分を拠出したとみられている。「仮に10年後に同じことが起きた場合、同じように日本への愛情を示してもらえるか。今こそ互いの絆を再確認し、強める取り組みが重要だ」と話す。そのために「観光が果たせる役割は非常に大きい」と感じている。 

 特に課題と感じているのは日台の旅客数のアンバランスさだ。日本政府観光局(JNTO)の調べでは、日本を訪れた台湾人は震災があった2011年は約99万人と前年比22%減と大きく落ち込んだものの、その後は円安などを背景に年々増加。2015年は2011年の3.6倍以上の360万人を突破した模様だ。延べ数ではあるが、台湾の人口(約2300万人)から計算すると実に国民の15%以上が日本を訪れたことになる。一方で台湾を訪れた日本人は2015年に160万人弱の模様。絶対数では訪日台湾人旅行者数の半数にも満たない。林田氏は「日本は人口が1億2000万人もいるのに、台湾を訪れる人は人口比では年間わずか1%強。隣にこんなに日本を愛してくれている国があるのに、あまりに寂しい」と語る。

 JTB台湾は現地の東南旅行社が49%、JTBが51%を出資する合弁会社として2004年に設立。元々は日本から台湾を訪れる旅行者を中心に手がけてきたが、日本へのインバウンド旅行者が急増するなか需要の取り込みにも注力している。JTB台湾が手がけた訪日台湾人旅行者の数は急激に伸びており、2011年にわずか1136人だったのが、2015年は約13倍の1万4856人となった。ただ本業である日本人旅行者の取り込みも順調に伸ばしている。2015年の取り扱い数は16.6万人強と前年比で7%増えた。2015年は全体の日本人旅行者数は減少したもようだが、JTB台湾としては成長路線を維持できている。

 JTB台湾の従業員数は林田氏が着任した2014年2月には91人だったが、2015年末時点では142人と大幅に増やした。所属ガイドも160名を超えており、1年間に新規採用面接に加え、社員・ガイド合計300人の面接をこなす。「台湾の魅力を伝えられるよう研修も充実させている」という。台湾を訪れる日本人旅行者のほとんどは数日間の滞在で、台北市だけを見て帰るケースが8割以上。ただ林田氏が着任してからは台南市や台中市への観光、原住民との交流を取り入れたプランなども積極的に導入し幅を広げようとしている。「台北はもちろん国際的な観光都市。ただ台北の外にこそ台湾の本当の魅力がある」と話す。

 董事長としての日常の執務に加え、採用面接、セミナーでの公演……。分刻みのスケジュールをこなす日々だが、林田氏に疲れた様子は一切ない。台湾で見つけた観光が担う使命。「僕がやらなければ、誰がやるんですか」という情熱が突き動かす。

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